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私たちは、ハンセン病差別から何も学ばなかった【エッセイ】

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箇条書きブログ

  • 「病気は自業自得、生き方に問題がある」という考え方は、ハンセン病が差別された論理と同じ。
  • 私たちはこの20年間、ちっとも優しくならなかった。今後もならないかもしれない。
  • 私たちには、自分が望む優しさを相手に与える責任がある。それに比べたら、自分を病気に「してしまった」ことに関する責任なんか、ちっぽけなもんだ。


はじめに

 私は、レクチゾールという薬を飲んでいます。レクチゾールは、天疱瘡に効く薬でもありますが、ハンセン病に効く薬でもあります。

 同じ皮膚病であり、同じ薬で治療するということもあって、ちょっと親近感があります。

 今日は、ハンセン病差別と、病気に対する差別感情の現状について考えたいと思います。

 

ハンセン病って何?

 ハンセン病差別を知らない方は、多分あまりおられないとは思いますが(教科書に載ってたと思う)、一応説明しておきます。

※「らい病」は蔑称ですのでご注意ください。

 ハンセン病は、らい菌への感染により引き起こされる皮膚病です。最初は発疹のような皮膚症状から始まりますが、その後治療を受けないと、軟骨を溶かしてしまうなど、重篤な症状に発展していきます。

 紀元前から病気の存在が古文書に残されています。1940年代までは、「治らない病気」でした。

 

日本のハンセン病差別の歴史

 中世において、この病気は「神仏による罰」と考えられており、発症した者は非人(えた・ひにん)とされたそうです。

 昭和時代になると、ハンセン病差別は激化していきます。県からハンセン病患者をなくしてしまおうという「無らい県運動」が起こります。これは、ハンセン病を治癒しようという話ではなく、普通に家に住んでるハンセン病患者を強制的に療養所送りにしてしまおうという運動です。

 この運動は、1930年代〜1960年代まで継続しますが、差別は終わりませんでした。1953年成立の「らい予防法」は、患者の強制隔離を可能にする法律であり、1996年に廃止されるまで、継続され続けました。

 また、1948年に成立した優生保護法は、遺伝病や障害を持つ方々に対し、強制的に不妊手術を施したり、人工妊娠中絶をさせたりした超悪法です。しかし、ハンセン病は、遺伝病ではないにも関わらず、何の論理性もなく優生保護法の対象とされ、同じように不妊手術・人工妊娠中絶を強制されました。

 これらすべてが、1943年以降、ハンセン病が完治できる病気となったあとも継続されたのです。

 

ハンセン病はなぜ、差別されたの?

 外見上の特徴から、日本では伝統的な穢れ思想を背景に持つ有史以来の宗教観に基づく、神仏により断罪された、あるいは前世の罪業の因果を受けた者の罹る病と誤認・誤解されていた(「天刑病」とも呼ばれた)。

 「ハンセン病は、感染元がらい菌保有者との継続的かつ高頻度に渡る濃厚な接触が原因であるという特徴がある」ことから、幼児に対する性的虐待や近親相姦などを連想させ、誤解・偏見が助長された。

 「非常に潜伏期が長いため感染症とは考えにくい」「政府自らが優生学政策を掲げた」ことから、「遺伝病」であるとの誤認・誤解が広まった。

 鼻の軟骨炎のために鞍鼻(あんび)や鼻の欠損を生じるが、同じ症状を呈する梅毒と同じと信じられた時期があった。ハンセン病に罹患したダミアン神父もまた、女たらしなどという非難があったのは、梅毒とらい病が同じであると誤解されていたからである。

ハンセン病 - Wikipedia

 

病気への差別感情の今

 私たちは、現在、だいぶ生きやすい世の中に暮らしています。

 病気になっても、神仏の罰が云々言ってくる人は極めて稀です。石を投げられたりしないし、隔離もされません。私は天疱瘡という皮膚病ですが、無条件で「非人」にされたり、不妊手術を受けさせられたりしません。  

 しかし、この生きやすさは、人間がハンセン病差別から学んで、優しくなったからであると言えるでしょうか。

 

 皮膚病の私が差別を受けない理由は、冷めた目で見れば、多分こんな感じで説明できるのではないでしょうか。

  • 宗教が生活から急激に遠ざかっていったので、神仏の罰どころか、神仏自体について話題にならなくなった。
  • 科学教育の普及によって、科学と非科学を分けて論じられる人が増え、科学的根拠のないことを言うのが恥ずかしいと思う人が増えた。
  • 暴言や暴力などの激しい感情の発露自体が、恥ずかしくてカッコ悪いものになった。
  • 法律が変わって、隔離や強制不妊手術ができなくなった。

 

 人間の頭や社会制度は、確実に科学的・論理的になり、賢くなりました。

 しかし、優しくはなっていません。

 その証拠に、皮膚病は特にこの傾向が顕著ですが、私たちの多くは、「病気はお前のこの行動が原因だ」「お前の生活習慣が原因だ」と、例え医学的な根拠が皆無であっても、病気の自己責任論を聞かされたことがあります。

 ハンセン病の差別が問題視され、法律が改正されても、人間は、人生において、コントロールできない物事に遭遇することがある、ということが想像できるようにはなりませんでした。

    「自己責任論を唱えても何もならないから静かにしておこう」という思いやりを持つことはありませんでした。

 悲劇的な運命が、カルマや業や天罰やその他悪行の結果であるという考え方は、今も密やかに受け継がれているのです。

 

 そして、病気当事者である私たちも、その点について大きな差はありません。当然、自分が当事者ですから、自己責任論を唱える人は少ない(でも時々いる)けれども、優しくなったかと言われると、疑問です。

 私たちは、説明しなくても全てを察して欲しがったり、思いやりを無理やり強奪しようとしたりすることがあります。辛さを比べあって、自分の方が辛いことを証明しようとすることがあります。小さな幸せを叩き潰し合うことがあります。

 私たちは結局、相手をそこまで思いやれる生物ではないのかもしれません。

 

 人間はこれから優しくなることがあるんでしょうか。

 「変えられない運命に対して、人を責めてはいけない」という認識が共有される時が来るんでしょうか。

 「他人よりもお利口ぶって、自分は人生を『正しく』生きていると主張することは、誰のためにもならない」ということを悟る時が来るんでしょうか。

 人類を見限るのは早いとは思いますが、社会全体が、見た目や家庭環境でお互いを殴り合ったり殴られあったりしているところを見ると、優しくなる未来は全く想像ができません。

 

 もしかすると、永遠に優しくならないかもしれません。

 

自己責任論への反論

 人間はハンセン病差別から何も学ばなかったし、今後起こる差別でも、やっぱり何も学ばないのかもしれません。いつまでも自己責任論は綿々と受け継がれるのかもしれません。

 人間の進んでいる道には、私はあまり希望を見出せません。しかし同時に、病気と暮らす私たちは、かつてない時代を生きていることも事実です。

 この20年あまりで、私たちはインターネットを通じて、数百人、数千人の、病気と暮らす人たちと繋がることができるようになりました。

 私たちは過去最大規模に集結していて、繋がっていて、巨大なネットワークを有しています。

    これは数万年前から何も変わってないことですが、人間は、境遇が近ければ、かなり深くわかりあえる生物です。ですから、この巨大なネットワークは、私たちをかつてないほど、共感で結びつけるに至りました。

   人間がどのように変わっていくのか、それはまだわかりません。優しくなるのか、やっぱり優しくならないのか。これは今後、わかってくるでしょう。

 

 この数万年に一度のネットワークが、病気と暮らす私たちを優しくする可能性があるとすれば、それはきっと、お互いに叩きあったり殴りあったりしている間には起こらないでしょう。

 もう病人同士傷つけ合うのはやめるべきです。病人同士でお金を搾り取るのをやめるべきです。病人同士で生き方を押し付けあったり、責任を取らせようとするのはやめましょう。

 そして、自分たちが居心地いい環境の整備と、新たな仲間を受け入れる準備を虎視眈々と進めていましょう。

 

 病気と暮らす私たちは、どんな健康な人よりも最初に、私たちの望む優しさを、お互いに与えることができるはずです(理論上)。私たちは、人間の中で、最も優しさに近い人間です。あと一歩を踏み出せば、そこはもう優しさかもしれません。

 自分を病気に「してしまった」ことに関する責任よりも、自分が望む優しさ、社会が必要とする優しさを与える責任の方が、人間にとっては、余程重大な責任ではないでしょうか。